もやもや
もやもやが晴れないので,書いてみる.以下,駄文.スルー推奨.
客観性と信念の狭間で
物事を客観視しようとすればするほど,自分の信念との落としどころが判らなくなってくる.
ある事象に対して,Aさんの立場に立てば,A^とすべき.一方,Bさんの立場に立てば,B^とすべき.自分の立ち位置は,B^寄り.ただし,もし自分がAさんであれば,自分もA^としたいだろう.
この事象には,以下の条件が付く.
- Aさんは,協力者.
- Bさんは,お客様.
- あるべき論で言えばB^とすべき.A^とした場合,それによってある弊害が生まれ,リスクが発生する.ただし起こりうる可能性は極々小さい.(0.001%程度)
- 弊害が起こる可能性が極々小さいのに対して,B^とした場合のかかる労力は多大なものがある.*1
- ただし,弊害が起こってしまった場合のリスクは大きい.(と自分は判断しているが,Bさんは思ったほど気にしないかもしれない.)
- 自分が事前に気づいてあげられれば,A^とせずとも,B^しか選択肢がなかった.
- そもそも,自分が気づくよりもAさんが気づく可能性の方が高かった.判断を仰ぐために相談する,というアクションも取ろうと思えば取ることはできた.責任逃れ,と言われればそれまでだが,結果を見据えればそうすべきではなかったか?*2
いくら自分が客観的で有りたいと願っても,これはあくまで自分の主観*3がふんだんに盛り込まれているかもしれない.
腹が立つ気持ちと,申し訳ない気持ちがごっちゃになって*4冷静な判断ができそうにない.
あーもやもやする.